49 No Reason 第39回撮影

※この記事は2012年8月に書いた記事です。

実は、2011年の7月ぐらいに募集するモデルさんを絞った。
撮りたい画があったから。

いまも掲げているのだけれど、
★男性ゲイカップル
★年少者や児童の方、高齢者の方。
★ハーフの方
である。

Kさんは2011年10月の終わり頃にその募集をみてご応募いただいた。
韓国人と日本人のハーフで、応募の本文には、
「作品を拝見させて頂いて、とても心が震えました。」
と書かれていた。

2011年の秋頃は、オレもスタイリストの鈴木さんともなかなか都合が
合わなかったのだが、たまたま空いた日に新宿で顔合わせができた。

目鼻立ちのすっきりした美人である。
希望の死因などをきくと、メッタ突きにされたい、と答えられた。
愛情の分だけ憎悪も深まる。
業を受け止めるという強い意志の裏返しだと思った。

聞くと、Yちゃんという幼稚園に通う前の娘さんがいるとのこと。
ピンときて、Yちゃんにも出てもらえないかとお願いすると、
いいですよ、と快い返事をいただいた。

ただ、この頃は撮影日のめども立たず、撮影のモチーフは
できたものの、時は流れた。

撮影日が決まったのは、ちょうど、
Yちゃんが幼稚園の入園する頃だった。

明大前に、みんなが集まる。
この日はフジタヨーヘーさんの都合が悪く、急遽代役として以前に二度モデルに
なってもらった、あやねさんに記録をお願いした。

Yちゃんは、とても人懐こく無邪気でかわいい。
Natasukiさんのヘアメイク道具や、鈴木さんが用意した衣装、
オレが用意した小道具にことごとく興味津々で、すっかりみんなのアイドルになった。

そして、セットアップも完了し、
シュート開始。

だが、Yちゃんがなかなか思うようにじっとしてくれないw
Natsukiさんや鈴木さんがあやすも、なかなかのオテンバぶりだ。

「Yちゃん、おとなしくしないと、ママが生き返らないよ」

われながら非道な台詞を吐く。

「え、ママ生き返らないの?」
とYちゃん。

「そう。」
あくまでも冷淡だ。

Yちゃんが急に神妙な面持ちになり、目にうっすらと涙が浮かぶ。

その間もオレは冷徹なまなざしを母と娘に向け続け、
その瞬間にシャッターを切った。

後日談にはなるが、諸事情により、K さんとYちゃんは
一緒に住めないようになったことを聞いた。

心が痛む。

ただ、この作品の中にある母と娘の絆だけは、
その瞬間だけは、いまもここにある。

 

48 No Reason 第38回撮影

※この記事は2012年8月に書いた記事 を加筆修正したものです。

 

この撮影のモデルは、はつかさんという女性。

いつものごとくこの制作記録は時が激しく前後するがご容赦願いたい。

そして、いまオレは公式サイトのモデル募集のリビジョンの記録をチェックしている。
記録によると、2011年2月14日にモデル募集受け付けを一時停止した。
ちょうど、No Reason Digital Bookを編集しているときだ。
このときに、これまでのFile:01 から File : 03 までを再編集しながら、
File : 04 のコンセプトを詰めていた。

そして、File : 04 のコンセプトがほぼ詰まった頃に東日本大震災が起こった。
第34回以降書いているように、震災以降も撮るべきモデルさんがいたので、
募集再開はかなり先で、再開したのは2011年7月4日だった。

そして、3日後にはつかさんからモデルへの応募があった。
2010年11月にオレが個展宣伝のために出たデザインフェスタで興味を持って
いただいたことが書かれていた。

顔合わせは7月26日。
二十歳すぎの学生さんにしては、ラカンをご存知でその辺の話しを中心に話したように思う。
そして、このときに衣装のコンセプトは固まっていた。

スレンダーで背が高いので、女装男性という設定でドラァグ・クイーンが似合うと思ったのだ。

設定が決まったが、その後ことごとくオレとスタイリストの鈴木さんとの日程が合わず、
撮影日を決めては延期が続く。

本当に心底申し訳ないと思っていた。
シーンのイメージは固まっているし、小道具も用意したが、結局撮影できたのは、
年が明けて、2012年の4月2日だった。

モデル募集を閉鎖していた機関を会わせると、都合一年ほど待たせてしまったことになる。
しかし、妥協しては逆に失礼だと(オレは)思うので、みんなのタイミングが合うまで
調整し続けるしかない。腹を括るしかないのだ。

当初はロケを考えていたのだが、ヘアメイクのしやすさと
小道具のコントロールのしやすさを重視してスタジオにした。

小道具用のスプレー塗料のシンナーがスタジオに充満し、
その臭いが強烈でみんなから「外でやってくれ!」とダメ出しがでるwww

Natsukiさんのヘアメイクと鈴木さんのスタイリングもばっちりだ。
2回目とは思えないほど、現場の雰囲気もいい(これはNatsukiさん、
鈴木さん、フジタヨーヘーさんのおかげなのだが

セッティングもいたってシンプル。

ポイントはスタイリングもそうなのだが、
設定に合わせた小道具とモデルのポージングだ。

この作品も合成を前提としているので、撮るべきポイントを抑えて、
後は追い込む。

はつかさんは微動だにしない。
それほど楽な姿勢ではないのだけれど。

空間に溶け込み、飛び交う小道具を気にかける気配すらなく、
その視線はうつろに一点を、いや床を突き抜けて、
地球の裏側の空に浮かぶ星を見ているかのようだ。

ポージングはひとつしか撮らなかった。
シーンはあたまの中に明確にあったので、
それに近づくよう追い込みたかったから。

そして、撮影終了。

オレは、はつかさんの一年分の想いに応えられただろうか。
いま、それはわからない。

でも、きっとこの作品を公開するとき、
なにか伝わるものがあると、そう信じている。

※写真は撮影風景(撮影フジタヨーヘー氏

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2017年になっていろいろと。

前回のエントリーから随分間が空いてしまいました。絵露愚乱末世4の閉会後に書いたと思っていたのですが、気のせいでしたね。。すみません。

本当にありがたいことに、俺が個展をバンバンやってた頃に来ていただいた作家仲間や写真家仲間、そしてお客さん(!)がたくさん来てくださいました。4,5年も経つのに(わざわざ)横浜まで来ていただいて、なんてお礼を言っていいのやら恐縮しきり。夢じゃないかと思いましたよ。

本当に本当に本当にありがとうございました!

このブログでは書いていなかったと思うのですが、絵露愚乱末世4の準備と並行して、自分の仕事環境も2016年の8月末ごろから大転換期で、ようやく最近道筋がつきました。そのこともあって、なかなか落ち着いて自分の考えを整理することもできないまま、2016年は暮れて行きました。

加えて、身近な人には語っているのですが、何を隠そうこのわたし「年末年始症候群」というやつで、クリスマスが近づき年越しムードが高まると、必ず毎年とっても精神状態が悪くなります(苦笑

這々の体で年を越したのですが、それと前後して年末は15年ぶりぐらいに京都の連れと忘年会をやり(もちろん京都で)、連れの家に泊めてもらいました。2016年は永らく敬遠していた実家が元あった大阪の町を歩いたりと自分のルーツを再確認して受け止めるという作業をした年で、その締めにふさわしい京都滞在でした。

わずか半日でしたが、やはり京都の空気が好きです。街並みが好きです。人が好きです。

でも、東京でやり残したことがあります。

そして、2017年。

年が明けてから早くもひと月になろうとしていますが、このひと月の間に大きく二つほど、ここに書こうと思う話題ができました。

ひとつは、「仕事以外で常に持ち歩くカメラをつくる」こと。
そして、もうひとつは「自分の昔の作品を超えられないのではないかと諦めていたことに、気づいた」こと。

いま、考えはまったくまとまっていないのですが、書き留めておかなければ、と思い、書き残すことにしました。

47 No Reason 第37回撮影

※この記事は2012年1月に書いた記事 を加筆修正したものです。

 

撮影は秋もすぐそこで、しとしと雨が降るなか、
とある公園ロケだった。

前回の撮影からは、おそらく三ヶ月ほど空いただろうか。

その間、絵露愚乱末世というエログロをテーマとしたグループ展を企画し、オレ自身も新作を出した。
「贄」という作品で、撮影は半日を二回だけ。

大半の時間をグループ展の企画や進行などもろもろの運営作業に費やしたことになる。

しかし、No Reason の制作が進まなかった理由は、
スタイリストさんを探していたからだった。
赤田さんが忙しく、海外に行かれることも多く、
なかなかお願いできないからだ。

新しいスタイリストさんは鈴木めぐみさんという。
例によって、mixiの募集に応募してくれたのは一人だけw

もう慣れたからどうとないとないけどw

何度か顔を合わせ、打ち合わせをした。

そして、今回のモデルはSさん。
あるジャンルではとても有名な方なのだが、
名前は伏せさせていただく。

この方は、Natsukiさんの紹介で知り合った。

例によって希望の死に方を聞くと、
「ぐちゃぐちゃで死にたい」
と。

というわけで、土の中でぐちゃぐちゃになってもらうことにした。

ロケハンをして、Sさんの家から近くの公園で、
いい場所を探した。
偶然ではあるけれども、その公園にとても魅力的な場所があった。

そして、撮影方法も新しい撮り方を試したのだが、
道具が手作りの木製で、カメラとレンズを支えきれず、
結局水平器を頼りに、勘で撮影することに(汗

小雨が降る。

メイクはSさんの家でほぼ済んでおり、
現場でのスタイリング。

「もっと切って」
とだけ、注文して、オレはカメラの方へまた
戻って行く。

「戻る」というだけの多少の距離はあったのだ。

Sさんの疑似死体への入りもスムーズだった。
まるで小雨の一粒一粒が針で、彼女の柔らかな肌を
串刺しにしていくかのように、静かに冷酷な空気が漂った。

寒いのに、本当にありがとう。Sさん。
Natsukiさん、鈴木さん、フジタさん。

この作品のモチーフは、ヘラという女神。
ゼウスの姉であり妻があったといわれる神がモチーフだ。

なぜ彼女が死んでいるのか、
それは神でさえわからないだろう。

46 No Reason 第36回撮影

※この記事は2011年10月に書いた記事 を加筆修正したものです。

 

山本梢がオレに、
前回のオレの個展に行きたかったけど行けなかった作家さんがいま個展をしている、
なので行きませんか?
と誘ってくれた。

No Reason に興味がある人を放っては置けない。

夜に待ち合わせて個展会場へ向かった。

山田布由さん。
黒のみのペン画で、白場の使い方が印象的だった。

しばし歓談したが、なぜかオレの作品の話がしが大半を占めた記憶がある。

もちろん、彼女の作品を観賞し、
ポートフォリオも拝見して、
感想をお伝えした。

モデルを志望していただいたので、
諸々の前提事項をお話しし、
承諾をいただいた。

その日は夜で時間もなく、
日を改めて、
顔合わせを正式にしましょう、ということになった。

この個展とポートフォリオを見て、
オレは彼女の精神状態がどうあるか、という一つの推論があった。
作品は否応なく、作家の精神状態や時にはトラウマをも映し出す。

顔合わせは、某ギャラリーにて行った。
フジタさんが同席できないので、許可を得たうえで、
内容を録音した。

自分の絵の世界観の中で死にたい。
作家としては共感できる想いだ。

そして、オレは推論をぶつけた。
いま彼女は踊り場に立っている、ということ。

作家なら誰しもが通る通過点。
変化、試行錯誤、習熟、構築、崩壊を繰り返して
辿り着く。
遅かれ早かれ、多くの作家はジャンルを問わず、
そのような丘や谷を歩いて行く。

新しい自分へ。
というのがキーワードだ。

世界観は決まっている。
あとはモチーフだ。

本作では、スタジオ撮影で、
とにかく一つのセットに絞って、
その世界観を追求した。

この撮影のために、
スモークマシンを手に入れたり、
公園を黙々と彷徨い羽根を拾い集めたり。

シンプルな世界にしたかったので、
情報量をなるべく抑えてシーンを創り上げたつもりだ。

黒い羽根、黒い矢。
交錯する図形空間の世界に見るのは、
静物のみである。